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図書館系ジャズユニット・ライブラリ Library - a story-driven jazz unit official web site

 日記                   

 

2015.8.9

 

 

「ジャムセッション・あなたは誰?」

 

 

 

TELL 語れ YOUR あなたの STORY 物語を』

と、チャーリー・ヘイデンは幾度と無く、語ってくれた。今、何年も経てから思い返すと、そういうことで彼自身も物語を語っていたのだろうと思う。

自分が、個人的に一番、引っかかるのは、この「YOUR / あなたの」の部分だ。

「他人の」でも

「立派な」でも

「素晴らしい」でも

「正しい」でも

「間違った」でも

「売れる」でも

「かっこいい」でも

「面白い」でも

「良い」でも

「悪い」でも

「つまらない」でも

「褒められる」でも

「ちやほやされる」でも

「わかりやすい」でも

「難解」でも無く

 

「あなたの」

というとき、それはファサードのにある、深い部分を指す。少なくとも彼はそれを(生涯をかけて)指していた。

ジャムセッションのホストの仕事をしながら、気付いた事、驚き、面白くて、興味と、活路を見出している部分、それは、多くの演奏者が「自分で気づいている以上に」ファサードのにある、「あなたの物語」を既に仄めかしている、という事だ。

それは自分興奮させ、希望を見出す。

そして同じ目で、自分を振り返ってみると、自分も「全く同じ」である事に気付く。

そこから、問いが始まる。

 

「あなたは誰?」

 

何年もかけて、自分のファサードや「目くらまし」を見分け、徐々に取り除く、作業をしている。

 

「あなたは誰?」

 

手がかりをたぐり寄せ、詳細に、何度も何度も検証する。それを、ずっと繰り返す。その歩みは、振り返ると大きな螺旋を描き、すり鉢状に、深くなっていく、海抜と共に目線が下がり、自分自身に、ほんの少しだけ、馴染み始める、皮膚は自分の皮膚になり、心は自分の心、時間は其処を「起点」に爆発的に流れ始める。

 

「あなたは誰?」

「わからない、だけど以前よりも馴染み、心地よい重みを感じる」

 

その「重み」に比例するかのように、「物語」が会いに来る、あたかも土砂降りの明け方に、もう一人の自分が、ドアの前に立って、傘の下から、こちらをじっと見ているかのように。

そのようにして、「あなたの物語」にあなたは接近していく。

物語:時間についた名前。

 

ーーーーーーーーーーーー

あくまでも個人的な歩みですが、その事を念頭に、補足です:

ファサードは実際とても強力で、想像力を奪い、掛け替えの無い、皆さんの時間をあたかも、もう残りが無いように思わせてしまいます。そして同時にそれも必要なのですが、一般的に強力すぎるので、取り除いても決して消えませんし、その事でファサード自体が変容する気がします。ので、自分は安心して取り除いてます。ファサードも自分の一部、として関わっていくべきなのでしょう。取り除く、と言うのは偉そうな言い方で、「徐々に」というのが肝心に思います。

ファサードは何か?については本文最初の方の「あなたの」の代わりに「」に箇条書きになってる部分でしょうか。

「目くらまし」と言う表現は「ゲド戦記」アーシュラ・ル・グイン著を是非お読み下さい!

 

 

2015.8.7

 

 

 

8/7夢」

 

 

実家のような家に居る(実際にこんな部屋は無い)。

長方形の和室に、長方形のちゃぶ台。

上座に父が座り、下座に自分が座る。

左右には4人ずつ顔の良く見えない男たちが座っている。

ここには女の幽霊が出るという。

正確には祖母の幽霊。

父が「幽霊にのしかかられるとキツい」と言う。

その時は座っている父の頭に横から万歳をして覆いかぶさるように、父の母の幽霊が凭れかかるのだろう。

 

 

 

 

2015.7.29

 

 

 

「自分はジャズミュージシャンです」

 

 

胚のように自分の奥底で、育ち、繋がり、動く。

その帰結として、一見ジャズとは少し違うようなこともやったりする。

そりゃあ、説明しようと思えば、説明できそうなほど、整理はされてきた(もう結構長いことやってるので)。

同時にそんな話、誰も聞かないだろう、ということも。

それに、話がしたいわけではない。

タイミングが合えば、そういうこともあるかと思う。

ですが、そんなわけで、自分がジャズミュージシャンです、という事だけは、はっきりと言いたくなったのでした。

ジャズをやってる、ではなくて、

ジャズもできる、ではなくて、

ジャズもやってる、でもなくて。

 

こんなかんじ↓

 

 

    

 

    『どこか、

        深いところで、

              誰にも理解されぬ胚のように』

 

 

 

このまま死ぬんだろうか?それは恐ろしいけれど、こればっかりは誰にもわかりませんね、関係なく時間は流れます。それは救いでもあるのです。多分。あわわ。時間。

 

 

2015.7.20

 

 

「7/20夢」

 

 

夜。

商店街は古く、さびれている。

倒れそうな木造の狭い店は、少なくとも3階建て以上になっている。

自分はそこに、ピアニストの知り合いと、もう一人顔の見えないバンドメンバーと来ている。

くだらない同人の集まり。

昭和40年代の若者といった雰囲気の男達が、2階では、日焼けした畳の上で、くだらない同人映画を、古いブラウン管のTVで観ている。

この集まりの最大のポイントは「くだらない」ということ。

単なる、愚痴にすらならない様な、ちょっとした感情を、むやみに引き延ばし、映画や本、漫画や絵、などの「形」にする。

文章は2行で読むのが辛くなり、絵は観た途端にやりきれなくなる。映画を通して観るのは不可能に近い。なぜならそこには、愚痴にすらならない様な幼稚な感情を引き延ばしたものしかないからだ。

そして、うんざりする事に、まさにそれこそが、そこに集っている人達の目的のようだ。

ピアニストは最初から関心がないらしく、上へ行く階段に座って、ふざけてこちらに手を振っている「やれやれ」といった感じだろうか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

先ず同人の人が描いた滝の絵があり、次にその絵に描かれた場所にいる

滝には水が殆ど流れていない。

「もう十分」と思ってそこを出ると、道路を早く曲がりすぎて、ブザーが鳴る。お寺の入り口に入ってはならないらしい。数メートル引き返して、次の角で曲がってもまたブザーが鳴る。また引き返して、今度は外に出れた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

(最初の建物の3階の?)ソファーに座って、大友克洋風のアニメを観せられる。

これも同様に、どうしようもなく希薄な感情の引き延ばされた耐え難いもの。

残酷な描写なのだけれど回りくどく、説明調に過ぎる。

(ふと関係なく、車で、現場から帰宅途中の他のバンドメンバーの様子が浮かぶ、彼らは相乗りをしている。)

やっと映画が終わったと思うと「実は今のは回りくどくて、説明調の失敗ヴァージョンで、今から訂正版を観せる」というので、心底うんざりする。

彼らはうんざりする事そのものに、価値と、喜びを見出すらしい。

 

—————————————

 

(オマケ)ひどい夢を見たものです!

 

 

 

2015.7.3

 

「自分が会いに来ていると感じてしまう午前4時」

 

 

全く眠れないのであります。

意識が飽和している。

今年の「日記」を読み返す。

既にもう、とんでもない2015年。

猫が死んで、親父が死んで、間口が広がって、許容量も増えて、感情もモニターできて、

おかしな人間ですが、そのことも慌てふためかなくなってきていて、

とにかく飽和している。

眠らなくても良い人間ならば全然問題ないのに。

眠らなければ半分しか生きていないのと一緒ですけど。

こうして感情を記せば、少しは眠たくなるかな、というのは、浅はかな考えだったようです。

自分がすぐそこに会いに来ている。

そんなこと想像したことありますか?

実際にそんな風に感じるのは、いわく言いがたい感情です。

とりあえず眠れなくなります。

外はバシャバシャ雨の降る音がしてます。

自分がすぐそこまで会いに来ている。

眠れなくってあたりまえかw。

それにしても、下品な人って苦手です。

どんなにすごい人でも、下品だとうんざりします。

下品だから、何よりも相手がうんざりしているなんて気付かないんですよね。

なんの話だったっけ?

眠くな〜れ。

なんでまた、自分がすぐそこに会いに来ているなんて、考えちゃうんだろう?

まあいいか。でももう4時だ〜〜〜〜。

蚊が飛んでるし。

 

 

2015.6.16

 

「6/16夢」

 

1.

 

自分は小さなフクロウの子供になっている。仲間は「宇宙船それ自体」で、ぐんぐん高度を上げて行く。

 

仲間は家族の様でもあり、親の様でもある。

 

必死に飛び続けるが、宇宙まで行く仲間に追い付ける筈は無く、空中に1人取り残されてしまう。

 

2.

 

(略)

 

3.

 

地下70階の実験室で、異星人でもある、半分機械のアンドロイドが、白色化し、もう一体の白色化したアンドロイド(自分)と、一緒に暴れ始める。彼等なりのルールに従って、物を壊し始める。

 

もう1人の自分は仔犬で、その事を知らせる為に、大急ぎで部屋を飛び出して、地上に繫がっている、とてつもなく長い、螺旋状の階段を全速力で、駆け出す。

 

仔犬にとって階段はあまりにも長く、疲れ切ってしまう。それでも泣きながら必死に登って行くと、もう少しで、地上の光が見えてきそうな地点で、魔女の部屋のドアを見つける。

 

最初はそのまま通過するのだが、中に居る魔女と、繋がりを強く感じて、せっかく登った階段を少し引き返して、ドアを開けて中に入る。

 

 

 

2015.6.13

 

 

「最近の諸々」

 

 

今週の月曜日、68日に、ふと、チャーリー・ヘイデンの事を思い出しました。もうすぐ亡くなってから1年になります。その時、ため息まじりに「あぁ、チャーリーの次はオーネットか、、」と思ったのです。それが家で、何のCD聴こうかな?と選んでいるときだったので、選んだのは2人のデュオアルバム『Soapsuds/ソープサッズ』でした。

 

6月11日は夜勤のアルバイトでした。夕方から次の日の帰宅時までwi-fiもネットも見れなくなります。夜勤先では、僕個人の話、いつも自分の中にある「死」を感じさせられます。別に嫌いではなく、恐くも無く、ただ、それにいての、様々な感情、それに対する検証、が心の中で起きやすくなります。

 

その時は、2月に死んだ父の事、そしてチャーリー、自分自身、と考えが映ろいました。そんな中で、溜め息まじりに、冒頭に書いたのと、同じ気持ちになりました。

 

次の日、朝、かみさんを、車で駅迄送った後、ラジオから、オーネットの訃報、続いてオンエアされたロンリー・ウーマンに心底驚きました。

 

実は11日夜勤先の夢で、大きなコンサート会場のレセプションホールで、開演前に大勢の、以前知り合いだった黒人のミュージシャン達と挨拶を交わしたり、特に親しかった人と楽しく開演前の時間談笑する、(何故かビヨークが、自分ブランドのワインの販売を行っていて、セールスの一環でアカペラで歌い、それなりに説得力があって拍手されるも、何となく浮いていた)という夢を見て、目覚めた後、「あれは一体誰のコンサートだったのだろう?」と思っていたのですが、間違いなくオーネットだったのだな、と思いました。

 

それとは、全く関係無いのですが、最近アメリカのTVドラマBreaking Badを少しずつ観てます。

 

週一の放送で、次回の視聴率も稼がなければならないのでしょうから、DVDで立て続けに観ると、自分にはいささかエグいのですが、それでも観終わってしばらくすると「すかっ」と楽しんでます。さすがかも知れない、と見続けてます。

 

高校の科学の教師が、違法ドラッグの精製を始めてしまう、という話なのですが、家族などの設定がとても面白いです。そんなことよりも、この科学の先生、この物語りでは、背後にゲーテの「ファウスト」のファウスト博士そのものを見出す感じがして、善ー悪/合法ー違法/ファウスト博士ーミスター・ホワイト/ と思うと、自分としてはますます興味深いです。

 

 

 

2015.6,1

 

 

「回避しなくなりました(当社比)」

 

 

トップ頁でも告知しておりますが、とても名誉な事に、6/28日に詩人三角みづ紀さんの朔太郎賞受賞イベント「隣人のいない部屋から」で、「図書館系ジャズユニット・ライブラリ」として演奏させて頂きます。

 

ライブラリ、回を重ねるにつれ、見えて来ているのですが、やってみて、演奏が上手く行った/行かなかった、という事では無くなって来ています。そうではなくて、「物語り自身のスピードで」という事、かどうか、なんです。

 

前回のライブから、毎日をどの様な意識で過ごして、何が起きて、何が見えて来たか、どの様な流れで、どこに向かっているのか、それらを、可能な限り、「ありのまま」受け容れ、生きる事、音楽的な事に限定されません、「物語り自身のスピード」です。

 

1mも一日で動く地殻変動もあれば、0.1mmしか動かない日々が続きます。

0.1mmしか動かないのが事実だとすれば、それが意味を持ちます。

0.1mmの動きは10mに比べて少なくて、大した事ない様にも見えますが、0.1mmの動きをそれまでは感知出来なかったのかも知れません。

 

上はたとえ話ですが、事実は、前回3/6のライブ以来、3ヶ月で5mmの、気が狂いそうな程の、スローペースでしょうか。以前同じ状態になったなら、恐らくは、もっとジタバタして、いろんな事をしてたと思います(例えば、新曲を書いていたり)。

 

でも、そうでは無いのです。この日記だって本当はジタバタと書き過ぎな程(大体、自分は何を書いてるんだろう?)。3ヶ月で5mm、この感覚にはそれなりの意味がある筈です、問題はそれに耐えられるかどうか、それとも耐えられる様になって来たから、見えて来た感覚なのでしょうか、それも少しはあると思います。

 

大体、自分は何を書いてるんだろう?

でも、物語りと言う物は他者を求め、必用とします、たとえそれが自分自身の中にいる他者だとしても。

 

 

 

2015.5.16

 

 

「旅について」

 

 

旅をしたくて、旅をする時が来ている様です。

 

旅にも様々な形態があります。

 

当然、ここで言っている「旅」はバンドのツアーの様な事ではありません。

 

今居る所を離れる事、先ずは、それが大事です。

 

そして、行く先々で、離れ続ける事。

 

離れる、という事にも、様々な形態があります。

 

そんな風に感じます。

 

 

 

 

2015.5.13

 

 

「夢5/10」

 

JR辻堂駅のテラスモール前の道を歩いている。

 

禿げ頭に、銀のワイヤーフレームの眼鏡、ワイシャツに、グレーのズボンの、教師の様な、おじさんが、ニコニコしながら、話しかけてくる。

 

ただならぬ感じがして、面と向かって「お前は誰だ?」と、睨みつけると、おじさんの顔が徐々に、トランプのジョーカーの顔に変わる。

 

どうも自分に話があるらしい。

 

 

 

 

2015.4.22

 

 

「夢4/22

 

 

自宅に居る。

実際よりも少し大きく、白いコンクリートの様な外壁で、とても頑丈な正方形をした家。

強烈な強い日差しが、あたかも南カリフォルニアの様。

野外用の頑丈な皮のブーツとジーンズを履いた白人の猟師が、シェパードの様な犬を連れて、家の周囲を左回りにパトロールしている。

目の高さは、犬に合わせられていて、犬と、男の足先しか見えない。

家の東側が、一段高くなっていて、その先には乾いた赤い土と、背の低い雑草の平原が続いている。

男と犬は、その平原に入って行く。

平原に入ってすぐ、ほんの23mの地面に、猛毒のガラガラヘビがとぐろを巻いている。

やはりカリフォルニアなのだ、と思う。

家の中では、友人や、身体の弱い知人達が遊びに来ていて、パーティーをしているが、彼等がもし、野原に出て行ったりしたら、とても危険だ、と思う。

 

ジャズバーで演奏の仕事をしている。

年配のどこか普通ではない女性が入って来て、席に着く。

 

 

 

 

2015.4.16

 

 

「夢4/16」

 

 

山、というか、崖の様な、赤土が剥き出しの、急斜面に居る。

奈落の底に通じている。

最近の地殻変動で、そうなったのか、足を踏み外すととても危険で、数人の犠牲者が出たばかり。

自衛隊員が斜面に鉄板のコンパネを平行に打ち込み、その間のスペースに、奈落の底にまで通じる急な階段を、応急処置として作っている。

階段は梯子を降りる様な後ろ向きではなく、いわゆる普通の階段の様に、歩いて降りる事が出来なければならない。

部隊が、ひととおりの作業を終えて、奈落の底へと列を作って降りて行くが、階段が未完成で、とても危険な部分があり、目の前の隊員2人が、踏み板の抜けている所から落下してしまう。

下を見ると、1人の隊員が下の方の鉄パイプにぶつかって、引っかかっていて、足が卍の形に見える。

 

 

 

 

2015.4.7

 

 

「無人島ブックコレクション」

 

 

児童文学者の松谷みよ子さんが、先日お亡くなりになりました。

今思うと、僕は小学生の頃から「お話」が好きで、松谷さんの監修した「日本の昔話」を読んでいましたが、訃報がきっかけで、「ちいさいモモちゃん」に始まる、モモちゃんシリーズ、の存在を、今回初めて、知りました。

今年の1月に我が家の飼い猫「モモちゃん」が死んだ事もあり、何だか、呼ばれた気がして、買ってみたのですが、現在、文庫化されたシリーズ2冊目の「モモちゃんとアカネちゃん」の途中で、感極まってしまい、この日記に書いています。

こんなすごい本があったのか、と今更(かなり有名な本の様です)驚いてます。

僕が、無人島に持って行きたい、ブックコレクションが、アーシュラ・ル・グウィン作の「ゲド戦記シリーズ」とこの「モモちゃんシリーズ」で、どちらも児童文学になってしまいました。

大人の本も好きなのですが、、モモちゃん、すごい。

 

 

2015.4.5

 

 

4/4

 

 

大勢の人達が、徒歩でスキー場に向かっている。

みんな、雪の中、足にスケート靴や、ローラーブレードを履いている。

自分の一行は萩本欽一の様な人と、老人の男女。

老人はやはり足元がおぼつかないので、自分は二人を連れて人々の行列を離れる。

そして、実家に行く途中の、遊行寺の上り坂の途中にある、何年も行っていない、祖母の家に行く。

とても古い木の板張りで出来た壁と門があり、敷地内に入ると、これも古い板張りの家が二軒ある。

敷地の地面はアスファルトではなく、関東ローム層の赤土が剥き出しである。

手前の家が、どうも大家さんの家らしく、ステテコ姿の、頭の禿げた老人が、雨戸を開ける所。

「こんにちは」と挨拶をする。

奥の家は祖母の家で、自分と妻は、その家に置きっぱなしになっていた、自分たちの物を、「これをもって行く様に」と渡される。

赤土をくり抜いた、山の斜面の凹みに、それらの品物が幾つかある。

その中には、自分が高校生の時、初めて中古で買ったエレキベースが、泥がこびり付いて乾いた、茶色い合成革製の、安物のケースに入って、立てかけてあり、その隣に、妻の(恐らく初めて買った?)茶色い革製の(登山?)ブーツも、埃と、泥に少し汚れて、置いてある。

連れの老人二人と、それを見る。

地面の湿った赤土が、とても印象に残る。

地下と繫がっている、と感じる。

妻は、自分が初めて買った登山靴が、こんなところにあった、と恥ずかしそうにしている(古くて汚れているから?)。

 

 

 

2015.3.31

 

 

「正しく破る」

 

 

ある種のルールは、正しく破られるのを待っている。

 

いたずらに逆らうのではなく、

 

暴れるのでもなく、

 

最初から、入念に、幾重にも、隠された、破戒。

 

1人用の、とても狭い通路。

 

最初から、準備された、1人の、正しさ。

 

 

 

 

 

2015.3.25

 

 

でも生き残っている

 

 

A: 「とてもつらい」

B:「でも生き残っている」

A:「そして、こうして君と話をしている」

 

 

 

2015.3.23

 

 

「夢3/23

 

母校の地下に居る。

 

どのくらい広さがあるのか、不明。

 

とにかく奥行きがある。

 

無数の男女(1000人は軽く越える)の、様々な人種の人達が、皆、旅の格好をしている。

 

地下にはいくつもの、ドアの無い白い部屋があり、自分は数人の人達とその部屋の一つに居る。

 

我々は皆、愛し合っており、思いやりと、いたわり、優しさ、が充満している。

 

部屋の真ん中で、荷物につまずいて、よろけるが、髭面の男性が手を貸してくれる。

 

我々はこれからどこかに行くのだ。

 

タフなアウトドア仕様の旅装が、ポジティブな勢いを醸し出している。

 

 

 

2015.3.15

 

 

「眠れない日記」

 

何かが府に落ちなくて、眠れない。

 

何だろう?

 

分からない。

 

朝二時に、こんな事言っているの、ちょっと病的かもしれない。

 

「見落としている気がする」

 

結果、必用なグリップを失ってしまった。

 

「身を低くする」ってどういう意味だ?

 

妖精はとても古くて、恐ろしいから、契約なんか結べない。

 

ディズニーのやつは、とんでもないインチキだ。

 

何かが、足りない。

 

何かが、欠けている。

 

何かを、見落としているのだろうか?

 

 

 

 

 

2015.3.11

 

「夢3/11

 

黒人の住宅街に黒人の悪徳刑事が居る。

白いシャツを着ていて、手には自動小銃を持っている。

20m位離れた所に、黒人のギャングが2人居て、刑事に見える様に、持っている銃をちらつかせる。

そのまま立ち去ろうとする彼等の背中を、刑事は躊躇無く撃ち抜く。

ーーーーーーー

同じ地区の小さな小屋で、警官隊とギャングが銃撃戦を繰り広げている。

1人の若い女性が旅行カバンを手に、弾を避けて床に身を低くしている。

彼女は、ある妖精(ディズニーの「ピーターパン」に出てくるみたいなやつ)と契約をして、妖精の力で、この地区を脱出できる一歩手前だったが、妖精の好意につけ込んだ為に、脱出出来なくなってしまった様だ。

 

 

2015.3.4

 

 

「忍耐」

 

僕には、少し物事が見えると、直ぐに、その道を、最後迄進みたがる、それも全速力で進みたがる、ところがある様だ。

 

たいした意識もせず、それはそんなに悪い事ではないだろう、と、思っていたのかもしれない。

 

だけど、今では、あまり良い事では無い、破壊的な側面もあると、思う。

 

その様な物事に対する、忍耐力を持つ必用があると思う。

 

忍耐を学ぶ為には、忍耐が要る。

 

 

 

 

 

2015.3.1

 

 

「怒濤の二月」

 

 

怒濤の二月が終わった。

 

「物語り自身のスピードで」という意識を持ち始め、徐々に、そして津波の様に、押し寄せた。

 

具体的には言わない、具体的に言うのは物語りではない、少なくとも「この」物語りではない。

 

そして、いつも感じてる卑小感。

 

でも気が付くと、もうそれ程卑小では無い。

 

惨めで、心地良く、力を与えてくれた、卑小感。

 

その代わりに残された物は恥。

 

バケツに入った糞尿の様な。

 

だけどそれはそこにある、そしてバケツに入って、運び出されるのを待っている。

 

そういえば、それは、汚いばかりでは無い。

 

そこには人の温もり、健康、営み、命、そして昔は肥料にもした、よく分からないけど、どこか神様の様でもある。

 

恥、だけど、それは多分、恥だった、もの。

 

ゆっくりと、物語り自身のスピードで、運び出す。

 

 

 

 

 

2015.2.12

 

 

「夢2/11」

 

樹が上に伸びている。

ごく普通の太い樹だが、表面が金色の光に薄く覆われている。

映画「ツリー・オブ・ライフ」の様な、ある家の庭に生えている。

これもまた、映画に出て来た様な少年が、その樹を登って行くが、それは雲の中にまで達している。

しかし、別のシーンでは、その巨木(さっきの樹よりも樹齢が永い気がする)は切り倒され、そのクルミの木(クルミの木らしい)の切り株の上に、少年が立っている。

 

 

 

2015.2.6

 

 

「ありがたいマーラー」

 

年末から感じている身辺の個人的な流れがあり、

(例えば、風邪、猫のももちゃんの死、もう一匹の同い年の猫の病、父の入院、改めて振り返る家族というもの、等々、、)

その結果、家にいる時は、弟に貰った、クーベリック指揮のマーラーばかり聴いています。

少年時代に聴いた時の意識が拡がる用なインパクトに比べて、

いま、自分を取り巻く、このシチュエーション、この世界、このご時世、で聴いたとき、何よりも助かっているのは、「何て安定した情緒なんだろう」という印象です。

 

普通、その逆、あるいはエキセントリックな部分を、話題に語られる事の多かった音楽/人物、な気がしますが、昨今の、一聴すると人畜無害な、ポピュラー音楽等、に比較しても、あくまでも当社比ですが、デフォルトとしての土台の情緒的な安定感は、圧倒的で、驚きました。

 

いわゆる「イージーリスニング」って言われてる様な最近の音楽よりも、どのマーラー作品を聴いても、ずっとずっと優しくて、丁寧に、順序よく、語りかけてくる様に、感じてしまいます、たとえ意図された作品内容が、必ずしも穏やかで無いにしろ、例えば、癒し、愛、平和、みたいな事をアピールしている今の世界の音楽の方が、以外にも、ヒステリックに聴こえるのには、かなり驚きました。

「あくまでも当社比」ですけど、、ふむ、ふむ、ふむ、何だろう、、、これは、、。

 

 

2015.2.3

 

 

「物語り自身のスピード・時間についた名前」

 

 

長引いた風邪、

猫のももこの死、

親父の入院、

猫のツヨシの病気、

天真爛漫な子猫達、

かみさん、

弟、

母、

関わる総ての人達、

読書、

音楽、

映画、

家事、

疲労、

喜怒哀楽、

強さ、

おいしい食事、

環境の微妙な変化、

天候、

夢、

はかりしれない、

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

時間についた名前。

それは、データではなく物語りだろう。

 

 

 

 

2015.2.2

 

 

「夢:2/2

 

自分は木で人間の頭部を作り、胴体と繋ぎ合わせ、

それに命を吹き込んで生かす事が出来る。

自分自身も、そうした木彫りの人(形)である。

自分は女性になっていて、もう一体の女性の人形に頭部を繋ぎ合わせるが、

命を得て、言葉を喋り出すと同時に頭ががっくりと真下に垂れ下がってしまう。

そのままで目も見え、話す事も出来るが、ショックを受ける。

 

 

 

2015.1.30

 

 

「夢:1/30」

 

中学時代に(実際)皆で幽霊を見た、同じ寺にいる。

当時のブラスバンドのメンバーと、ほぼ同じ主要人物が揃っている。

時刻は夜。

今回は、彼等が先に門から出て、閂を掛けると言う。

入って来た門から、また出るのであるが(中学生の時は、裏山から帰宅した)、門を揺すって「も」の字を連発しなければならない、と言う。

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